いつかいた街への旅 1

ハッセルブラッド

今日はカメラマンのY君の誘いで、高田馬場〜下落合〜中井周辺を二人でスナップして回る。下落合にあった学徒会の学生会館(かなり大きな学生寮、一階はアルバイト斡旋所)に住んでいたのは、大学2年の頃か…。住んだと言っても、2段ベットの4人部屋に耐えられず、半年ほどで、また別のところに引っ越したのだけれど…。

しかし、その短い間に東京工芸大で写真を学んでいたH君と出会い、彼のアドバイスでNikonFM2と50ミリレンズを買ったのが最初のカメラだったから、下落合の学生寮に住まなかったら、もしかしたら今カメラマンをやっていないかもしれない。

その下落合駅前の学生会館はすでに無く、立派な老人ホームになっていた。今日歩いたエリアは老人ホームや整体・接骨院が多く、他には立派な私立幼稚園や京都町家風の個性的なマンション、デザインがオシャレな個人の邸宅など、昭和時代からの違いも感じる。

その辺りは神田川が流れていて、自分のイメージでは川幅が狭く左右は木々が茂っている風だったが、思っていたより、幅も広く深さもあった。30年も前のイメージだから、実際改変されたのか、それとも単なる思い違いか、定かではない。

中井駅まで歩いて、また高田馬場まで引き返した。駅前商店街のさかえ通りには、若い人がたくさんで活気を感じる。昔の富士短期大学は、四年制の富士大学になっていた。

今住んでいる江東区の東砂はマンションや団地ばかりの住宅地だから、学生が多い馬場あたりに来ると活気を感じる。

駅の西武線ガード脇の雑居ビルの中にビルマ料理の店があるので、2人で麺をすする。ここはビルマのシャン族のお店。ちょうど数日前にビルマで軍事クーデターがあったばかりだから、ここに集まり在日ビルマ人達も心配しているだろうな…。

この周辺は小さな飲食店が多く、看板が雑多でアジアの路地裏共通の雰囲気がある。歌舞伎町〜新大久保〜高田馬場、新宿区の繁華街は決して綺麗ではないけど、怪しい魅力がある。

日本の経済がずっと停滞してるからか、30年も経ってる割にはさかえ通りは以前同様だし、ビックボックスもそのままで、意外と変化は少ない方かも知れない。ただし、駅前ロータリーに面した一画がいま大規模工事中だし、路地裏風景もいつ再開発で消失しないとも限らない。

最後に以前行った事のある名画座はどうなっているかと思い早稲田大学の方に歩いた。戦艦ポチョムキン、カリガリ博士等の古いモノクロ映画をいつもやっていた映画館だが、名前が思い出せなくて、今も健在な早稲田松竹まで歩いて引き返した。

家に帰って調べると、それは既に2000年に閉館したACTミニシアターだった。映画館とは言え、座席は無く、入り口で靴を脱いで寝転ぶスタイルだった様に思う。

映画を見に行った経緯や、映画のストーリーなど全く覚えてないが、横になったのと、戦艦ポチョムキンの虐殺シーンだけを何故か静止画的に覚えている。

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